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高知県土佐久礼にある当店は、祖父・祖母がところてんを製造しリヤカーで売り歩いたのが、創業のきっかけとなりました。
創業当時より現在まで変わらぬ秘伝の手作り製法で、瀬戸内海特産である『天草』のみをその原材料にしております。これが、当店のところ天は『磯の香』を存分に残した『健康食品』といわれる所以です。
またご賞味いただく際のたれは、黒蜜や酢醤油ではなく、近海で獲れた良質のじゃこ・鰹節等をもとに、創業当時から変わらぬ味付けの風味を持った当店オリジナルのものです。
当店の基本概念は、製造・卸売りであるため、県内外の小売店(スーパーマーケットを含む)、飲食店への出荷が主力であることに変わりはありません。しかし、約10年前製造工場の至近に直営店舗を設置したところ、近隣の商店街や海水浴場、リゾートホテル等よりの来店が飛躍的に増え、今や土佐久礼の名物店になっております。その結果、高知県内外のテレビ、新聞、旅行雑誌等のマスコミに再三取り上げられることとなり、近年はこれらの影響・効果によりますお客様、インターネットよりのお客様なども増えてきました。当店は、この全国のお客様のニーズにお答えできるよう、保存法や発送方法を確立いたしました。
今では自信を持って、全国のお客様に「ところてん」のおいしさを楽しんでいただけると確信しております。リヤカーでの売り歩きから始まった、土佐久礼高知屋の「ところてん」。是非一度、ご賞味くださいませ。
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中土佐町を訪れたら、双名島をゆっくり眺め、高知屋でホッと一息…。 |
中土佐町にお越しの際は、ふるさと海岸から双名島をゆっくり眺めていただきたいと思います。双名島にはこんな伝説があります。
「昔々の久礼は、嵐のたびに多くの人が亡くなる被害を受けていました。それを聞いた鬼ヶ島の青鬼。岩を沖においてあげようと、瀬戸内海から土佐久礼へと旅立ちました。やっとの思いでたどり着いたときには、青鬼にはほとんど力が残っていませんでした。それでも青鬼は、岩を置きに海に入っていきます。そして、それが青鬼の最後となってしまいました。青鬼の死を悲しんだ子どもは、その場所から離れず、泣いて泣いて岩となってしまいました。」
この岩が、双名島だと言われています。双名島には、なぜか内側に棒をさしていたような穴があり、双名島のすぐ近くには、小さな島があります。(これが子鬼)双名島を眺めるとき、なんともいえない気持ちになるのは、鬼 のやさしい魂がそこにあるからでしょうか?
ふるさと海岸を歩いたら、久礼八幡宮にも足を運んでみてください。久礼八幡宮大祭は、高知県下三大祭の一つと言われ、旧暦8月14日・15日の両日は、町内外の参拝客でにぎわいます。現在の社殿は文政八年(1823年)に再建されたもので、勧請年月は1441年〜1444年ごろだと言われています。
この、久礼八幡宮前に店舗を構えているのが「高知屋」です。大正10年から売り始めたところてんは、土佐なら ではのだしつゆで頂きます。店内でも召し上がっていただけますが、近くのベンチに腰を下ろして食べるのもまた違ったよさがあるようです。
高知屋では、ところてんはもちろん、たこ焼きやおうどんもお出ししています(冬場はおでんも)。そしてひそかに人気になっているのが、『焼みそ』です。この焼みそ、ちょっと甘めでご飯につけて食べてもよし、胡瓜など生野菜につけてもよしと、様々なご利用法があります。常に販売しているわけではありませんが、見かけたら是非一度味わってみてください。 |
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厳選した、瀬戸内産の天草をよく洗い、余分なものを取り除きます。その後、
晴れた日に、天草を干します。
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天草を大釜で煮ます。
どろどろになるまで煮ます。 |
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煮込んだ天草をこして、
容器に移します。
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あら熱をとり、
自然に冷やします。
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程よい大きさに切って、
突き棒でつき出し、
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薬味・だしつゆをそそいで
出来上がり♪
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ところてん豆知識 |
寒天がよいと様々なところで言われていますが、この寒天、「ところてん」が正式な名前だそうです。一般的には、細長く押し出したれをつけて食べる料理を「ところてん」と言っているところが多いようですが、天草の抽出物を固めたもの、そのものを「ところてん」と言います。寒天は、その「ところてん」を干した加工品なのです。
天草の抽出物を固めたものが「ところてん」と言いましたが、イギス・オゴノリ・エゴノリなどの海藻も使われます。(高知屋のところてんは天草100%です。)
「ところてん」という呼び方。平安時代には「心太(こころふと)」と呼ばれていたそうです。(今でも、例えばパソコンなどで「ところてん」と打ち変換すると「心太」と出てきますね。)この、こころふとがなまって「ところてん」になったそうです。
寒天が登場したのはずっと後のこと、江戸時代の初期に京都・伏見の「美濃屋」という旅館の主人が、島津藩主に出したところてん
の残りを寒い戸外に出しておいたところ、自然に凍って偶然にできたものと伝えられているそうです。寒天は今でも工場生産ではなく、手作りで作られます。長野県の茅野市が主な産地で、 天屋衆(てんやしゅう)と呼ばれる専門の職人が12月から2月までの厳冬期にトコロテンを戸外に並べて 凍結乾燥させて作ります。10日の間、夜間の凍結と日中の乾燥を繰り返しますが、 雨や雪にあたらないように全く気が抜けない作業です。
「ところてん」は、腸内で消化されないので栄養価は無いのですが、今や体によい食材として大人気!となっています。なぜ、体によいのかは『社長の一言…。二言…。〜その3〜』をお読みください。 |
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